いつかは・・・?だれでも・・・?

先日、朝起きて長女を抱えて
(歩けないので、ベッドからリビングまで抱っこです)
階段を下りていると、左のふくらはぎに激痛が・・・

「ミシッ」という感覚と共に、力が入らなくなりました。
抱えていた長女は、飛んできた妻に預けて、
その場から自分のベッドに這うようにして行きましたが
痛みは治まらず、足をつくのもままなりません。

しばらくして落ち着いたので、
出勤する妻に病院まで送り届けてもらって
整形外科を受診。結果は「肉離れ」

先生曰く、「完全に切れてはいないから
2週間ぐらい安静にしていれば大丈夫」とのこと。
程なくして、松葉杖を渡されました。

で、現在は自宅で静養中。
こうしてケガをしてみると、
自分もいつ車イスの世話になるかわからないな・・・と思います。

普段、娘のように障がいのある人たちの為にと思って、
様々な活動をしてきましたが、それはすべて「情けは人の為ならず」ということなのでしょうか。

私の尊敬する先生でドラマ化もされた「おかあさんぼくが生まれてごめんなさい」の著者・向野幾世先生の講演で
こんなことをおっしゃっていたのを思い出します。
『人は年を取れば、老眼になる。これ、視覚障害。
耳が遠くなる。これ、聴覚障害。
腰が曲がったり、膝が痛くなって歩くのが億劫になる。これ、肢体不自由。
忘れっぽくなってしまう。これ、知的障害。』

そうやって考えると、完璧な人間はいないということ。
いつか、誰もが多かれ少なかれ「生きにくさ」を抱えるってことですよね。
ですから、人の為と思わず、自分のためにも、
暮らしやすい社会を作っていきたいものですね。

その為にJPACが出来ること、考えていきたいです。

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